冬月のために花火を画策した空野。当日冬月は体調を崩し、花火にはいけなかったが、スマホで伝えることができた。そこで、空野は冬月への好意を、冬月は空野への好意を明らかにする。そして冬月は、癌が悪化し、先行きが見えなくなったことで、空野のことを忘れたふりをしていたことを明かす。それでも空野は、一緒に頑張りたいという。そうして気持ちを確かめ合い、冬月は治療のため転院する。月日は何がれ、空野はがんになっていた。すでに諦めていたが、娘が見つけたボイスレコーダーに冬月のメッセージが残っていた。冬月は一旦ガンが解放に昔、空野と結婚し子供をもうけ、娘の結婚式まで見送った。しかしその後、再びガンが見つかり40代で亡くなった。しかしやりたいことは十分にでき幸せな人生だったと空野に語った。その言葉を聞き、空野は自分もガンと戦おうと決心するってエンディング。
やっぱり癌で記憶を失うというのはおかしく、冬月の芝居だった。実はそのあとネタバレを見てしまい、冬月が子供も結婚まで生きてるってことは知っていた。
この話はモデルがあるんだろうか?。癌にかかったことがある自分からすると、少し気になるところがあった。吐血をして面会謝絶になるような深刻な癌だった冬月が寛解して子供を産めるほど健康になるものだろうか?と思った。まぁ吐血とガンの深刻さは必ずしも一致はしないと思うのだけど、まるで末期癌のような感じだったので。あと、最後になくなったのが乳がんだったらしいが、比較的版権しやすく抗がん剤も存在する乳がんが、過去に癌で重い状況だった人に、あたかも手遅れのような状況で見つかるものだろうか?。検診とか受けてなかったんだろうか?とか思った。まぁ以前のガンの最初ならありえるけど、少なくとも20年以上は生きたんだろうから…。実際の事例をもとにしてるならそんなものかなと思うんだけど、こういうのはリアリティを持たせて欲しい。
それでも、グッとくるものはあった。がんというのは急に死ぬ病気ではないので、いろいろ考えることが多い。その中でいくつまで生きていたいというのはある。自分もそうだけど、子供が大きくなるまで、独り立ちするまでというのは、考えることである。だから、それを達成した時に、なんとかやり切ったと満足を覚えるのは、あるだろうなと思う。がんでなくても子供がいると、子供が学校を出て独り立ちするまでは死ねないとか思うものだと思う。でも事故や、急病死だと、やり切った感は感じないだろう。
あぁ、そういうものだよな、と思った。