たろぁーるの日記

たろぁーる氏が書いているぶろぐ。主にアニメとかマンガとかテレビの感想と一人言。ネタバレ結構あります。

さらざんまい 11話 (最終回)

願いが叶う皿は燕太を助けるのに使ってしまった。絶望した悠は兄に言葉に従い,自分の縁を次々に消していく。一稀と燕太は悠の記憶が失われていくと恐れ,悠を追う。どんどん思い出を消していく悠。兄さえも消えてしまう。そして最後に一稀にミサンガをあげたところを消そうとするところに追いつくが,悠は消してしまう。しかしケッピの力も借り,三人はカッパに。潜っていき,最後玲央真武も復活し,思いを取り戻す。その中で三人は色々な未来を覗く。戻ってきた三人だが悠は少年院に入ることに。3年経って少年院から戻った悠は自分には何もないと川に飛び込むが一稀と燕太が現れ一緒に飛び込むという,最終回。
前回,皿で誰を助けるかを引っ張らず燕太とバラしたのは,今回は悠の絶望とそこからの帰還をじっくり描くためだったということか。玲央真武も復活したのは泣けてきた。
この作品は欲を否定しているように見えて,結局のところ欲を認めるところに持っていった。ケッピも絶望した自分を受け入れたし,欲望のカワウソは消えていった。愛と欲を切り分けることを描くのかと思ったが,そうでもなかった。結局つながりを求める。そこに受け入れる,そういう話だったのだろう。
全体を通して,。いつもの幾原節というか彼らしい作品だった。訳のわからない演出でケムに巻くが,描こうとしてるものは,愛とか欲とか,人間の根源的なものでシンプルに感情移入できるものだろう。でもやっぱりあの演出がすごくてクラクラしてしまう。今回は,主人公が少年三人ということで,アイドルソングのような歌をカッパ姿で歌うというインパクトだし,玲央真武の方は浅草だからか民謡のなんとか節のようなものをうたうというものだった。
描こうとしてるものはシンプルだけど,ケッピとはなんだったのか?とか,そういう設定はあいわからず訳わからないという感じだった。でも私はこの世界観は好きである。ただ,その描こうとしてる愛とか欲とか悲劇とかは,わかりやすくするためか,主人公たちに理不尽な悲劇を課せる(ピングドラムもそうだった)のでその部分については,いつも見ていて辛いところになる。まぁこれも幾原節なんだろうけど。
でも,やっぱり癖になり見たくなる監督の作品だよなぁ。次回作期待しております。